コスモス、カオスそしてコスモスの循環運動

 久しぶりに何処へも行かず家でゴロゴロ、最近流行の言葉で言えば巣篭もりだ。ほとんど寝てたんだけど、時々起きてこの本を読む。読み始めたのはひと月前だが、読み終わるのが惜しくて少しずつ読んでいた。これは面白い、今までなんとなく感じていたことがつながった気がする。世の中の色々なことって、こうして進めたほうが早いんじゃないの、ということ。勿論この本は医学の本ではあるけれど、その核にあるのはインド哲学である。うーん、哲学という言葉を使うと西洋の哲学と同じに考えてしまうけど、考え方が根本的に違うんだよね。いわゆる言語ゲームなんで、比較してもしょうがない。でも、インドの考え方をベースにした方がすんなり生活できる気がする。

 まあ、哲学面はおいおい読むとして、医学としては病気の克服でなく健康の維持に力点があること、これが大きく違う。予防医学って奴だ、でも何か違う、アーユルヴェーダは生活観そのもの、扱う領域が広い。スケールを感じるんだなあ。ただ、厳密に考えちゃうとその体系に途方もなくなるので、ここは日本人特有のいいとこ取りでうまくできないかなあ。あと、悪いなりにバランスを保って生活している、というのも確かに。だから、そのバランスを一旦解体して本来のバランスに戻す必要がある。その解体はツラい、でもそれが必要なんだと。これはコスモス、カオスそしてコスモスの循環運動ではないか。おお、そうだよ、そうだよ、納得。この世界、ちょっとはまりそうだぜ。